所長コラム

所長コラム

備えあれば患い無しといえども

 

大雨による被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

 

昨7月3日は、当地宮崎市も大雨に見舞われ、大荒れの天候となりました。朝はそうでもなかった雨模様も、前日から止むことを知らず降り続け、ついにお昼頃には避難情報が発表されそう。そんな雰囲気を察した主任からの発起で、早速、内部打合せ、情報収集を行いました。結果、13時過ぎには通所利用者の皆さんの帰宅支援を開始し、14時までには帰宅確認を完了させました。

 

その後、宮崎市全域に避難準備・高齢者等避難開始(レベル3)が発令されたのが、14時30分でしたので、職員一同ホッと胸をなでおろしました。残るは就労中(生活訓練利用)の方の安全確保のみでしたが、これも無事完了。職員も遠方者から順次帰宅して、定時には施設施錠を完了しました。

 

現在、当センターでは、災害の種別に合わせて4つ(火災・地震、津波、水害・土砂災害、不審者防犯)の対策計画、マニュアルを備えています。しかしながら、それらはあくまでも机上の計画であって(必須ですが)、いざという時に迅速に対応できる事前訓練と発生時の初動が大切です。

昨日から本日にかけての大雨では、職員各人の迅速な行動が功を奏し、関係者は被災することはありませんでした。備えあれば患い無しといえども、人あらずして備えられずといったところでしょうか。

 

オンとオフ

子供の頃の夏休み前のようなのわくわく感を懐いた大型連休が、ずいぶん過去のことのように思えるのは、老化の始まりでしょうか。それとも、ぼんやりと過ごしているのかなぁ?

そんなことを考えつつ、改めて意識した「オンとオフ」についてつらつらと。

 

さてさて、私は先週末に産業カウンセリング全国研究大会㏌神奈川に参加してきました。たくさんの刺激を受けたので、ご紹介したいのですが、SNS上で詳細に触れることは些か問題があるようなので、伝えたいことを1つだけ。

基調講演は、NHKニュースウォッチ9の元メインキャスターの大越健介さん。さすが、政治記者でキャスター、1時間半を原稿なしに一気に話されました。様々な経験を通して大越さん感じ取られた、「自分(人)は無知であると自覚し続けること。分かったふりをしないことが、人生全般にとって大事なことではないか」という投げかけ。人に関わる職に就く者にとっては、基本に立ち返る気づきがありましたし、いまここに居ないとインプットできなかったんだなぁと感じました。

もちろん、大会後には、霧雨かかる港町横浜をひとり散策して異国情緒に浸ったり、ディープなホルモン街で一杯等々別なインプットもあったのですが…

 

社会人にとっての「オンとオフ」は、さしずめオンが仕事(家事を含む)、オフが余暇や自己研鑽といったところでしょうか。そして、オンではアウトプットが中心で、オフの時に様々なインプットがあってバランスがとれるのではないかと思います。もちろん、余暇の楽しみ方は、人それぞれでお金もかかりますし、準備も必要なので蓄えておくことも必要ですが、その分だけ自身のためになることに費やしたいですよね。

 

話は変わりますが、キャリアアシストの金銭管理では、一時的な給与管理を強制するものではなく、将来的にどんな生活を送りたいのか、実現したいのかを十分に考えてもらいながら、進めています。もちろん、金銭そのものを管理するのは、利用者の皆さんです。金銭管理は目的ではなくて、実現したい将来を叶える手段の一つだと思えることが大切です。

 

終わりに、私の趣味のランニングもシーズンオフ、この時期の走り込み(貯金)が来シーズンの好不調を左右するようです。今日はいいかなぁと晩酌していると、チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねーよー」叱られそうです。

話題の祝辞に思う

新年度が始まりました。

コラムには、新元号にちなんだことを書こうと思いつつも、あまりにも畏れ多く躊躇している間に、4月も第3週目になってしまいました。ということで新元号「令和」の話題も、世の中は一段落していると勝手に解釈しまして、話題の祝辞について思うところを少しだけ。

 

さてさて、ここでいう祝辞とは、先般、4月12日に行われた東京大学学部入学式での上野千鶴子さんの祝辞のことです(東大のオフィシャルページに全文が掲載されています)。

私がこの祝辞を知ったのは、当日の夜中のことでした。ネットに取り上げられていたので、深く考えずに全文を拝見しましたが、何度か読み返すうちに後半部分の学生への問いかけがスーッと入ってきたのでした。翌日には様々な意見(賛否両論)があることを知りましたが、個人的には社会生活を送るうえで頷けるところがあり、共感したのでしょう。後半の2箇所が、週末ずっと頭から離れませんでした。

 

1つ目は、頑張ったら報われると思えるのは、自身の努力の成果ではなく、環境のおかげだったことの件(くだり)。原文では、丁寧にわかりやすく書かれていますので、ぜひご一読を。

私自身、立場上、職場を代表して表に出ますが、それは職員各人が質の高い支援を行って、社会から認知されていることの裏付けがあること。つまり職員という資源を持つことができていることなのです。

 

もう一つは、社会が正解のない問いに満ちた世界だという件です。対人支援の難しさは、ここにあると思います。正解のないというと少し語弊があるので言い換えると、対人支援の正解は一つではない。つまり様々な可能性をいかにアセスメントできるか否かだと常に感じます。そんな日常に思うところを簡潔に言い表しているこの祝辞に魅かれたのでした。

 

これらを考え合わせると、自分が勝ち抜くためだけに頑張ることが、ただの独りよがりであることを常に意識していなければならないと強く感じるのです。そんなことを考えながら、宮崎シーガイアユニファイドジョギング大会を走り、年代別第2位入賞し頑張りが報われた新緑の週末でした。

防災

前回のコラムでは、“震災”について触れましたので、今回はセンターでの防災の取組みを紹介します。

 

先般、3月14日、津波を想定した避難訓練を行いました。センターでは、年3回、火災、地震による火災、台風や大雨等非常災害、津波等、様々なケースを想定した防災訓練や学習を行っています。今回は動画を活用して地震、並びに津波について事前学習し、皆さんが理解したうえで実施しました。

県の想定によると、南海トラフの巨大地震が発生すれば、宮崎市には最大16メートルの津波が、最短18分で到達します。正確な情報を収集し、遠くよりも高くに避難することがポイントのようです。

 

今回は、職員に休暇や外出の者がいて、施設外支援の利用者の方もいらっしゃったので、ほぼ日常に近いかたちで実施できました。幸いセンターは津波浸水想定地域外ですので、落ち着いて行動できそうですが、油断は禁物です。災害はいつ起こるかわかりません。

 

と言いつつ、コラムのアップが延び延びになっている間に…

3月27日、日向灘を震源とする地震が3回起きて、日中に2回もありました。ビックリしましたが、職員、利用者の方とも初期対応ができ、何事もなくて一安心でした。(汗)

震災

今回のコラムを書くにあたり、これまでの災害で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

今日、3月11日で東日本大震災の発生から8年を迎えました。テレビ等では、震災後の復興に関する特集が組まれ、復興する被災地の現状と課題を知り、改めて様々な課題を知ることの大切さを感じました。

 

この震災より遡ること約6年半あまり、新潟県で大きな地震がありました。平成16年10月23日に発生した新潟県中越地震です。土曜日の夕方に起きたマグニチュード6.8、震度7の地震は、帰宅途中の車をがけ崩れに巻き込みました。数日後に幼い男の子のみが救出された衝撃的な映像が記憶に残っている人も多いと思います。

 

私は、発生から数日後、被災地へ支援物資を送る拠点確認等のメンバーの一員として現地に入りました。新潟市を基地にして、長岡市を経由して小千谷市に入り、現地自治体を訪れましたが、混乱ぶりは想像を超えていました。被害は甚大で、道路の至る所が崩れ、もしくは寸断されていて立ち尽くしたことを覚えています。その脇には、なぎ倒された電柱や液状化現象で腰の高さくらいまで突き出したマンホールが列を成しています。上越新幹線の脱線した車両などの光景は、今でも鮮明に記憶に残っています。市の体育館前では、自衛隊がお風呂を設営していて、上空にはたくさんのヘリコプターが飛び交っている物物しさから、お年寄りのなかには、戦時中を思い出すと言うほどでした。

 

当初の任務完了後、ニーズ調査に加わりましたが、住民の方と接していると、そのニーズが刻々と変わっていくことや、被災者の心の変調が直に伝わってくる一方、自身の無力さにも気づかされたのでした。震災支援という経験は、自身のその後の生き方に大きく影響してくることになりました。

現在、おぢやファンクラブの会員として、現地の情報を得たり、特産品を購入することでしか交流はできませんが、近い将来、再び当地を訪れてみたいと考えています。

“非日常に身を置くこと”は、人に様々な影響をもたらすものです。